「反応」と「反射」、これは似たようで全然違いますよね。
人は、反応しているよりも反射していることが多いと思いませんか?
ここでいう反射とは、いわゆる脊髄反射とか揶揄されるもののことです。

●「反射」とは脳の仕組み
原稿を見たときに「こう書かれているからこうだろう」と思って出てくる発想は「反射」だと思っています。
脳はシナプスという神経細胞でつながり、そこを電気信号が通って情報のやり取りをしています。
もしそれが脳の仕組みであれば、「なにかを見たときや特定の状況で思い浮かぶ発想というものは反射」かもしれません。
つまり、夕焼けを見たときに「温かい」と思う人、「さみしい」と思う人、「優しい光」と思う人もいるわけで、人それぞれ思うことは違うわけです。
見えている光景は同じものであるはずなのに。
もしかしたら同じものは見えていないという可能性もありますが、ややこしくなるので同じ空間で同じ光景を目にしているという前提で話をすすめます。
でも、それはその人の脳内が「夕焼け」=「〇〇」と結びつきやすく、結果的にそれを思い浮かびやすくなっているということで、そのつながりが強いものから優先的に思い浮かぶというものだとしたら、これは反応ではなく、反射ということになります。
●「思考の罠」から抜け出せ
反射が良いとか悪いとかではありません。
人間というものは、「無意識的に特定のイメージを浮かべてしまうように出来ているのではないか、ということを意識しているかどうかが大事」だということを伝えたいのです。
特定のイメージを浮かべるようになっているということは、「思考の罠」にはまる可能性もあるということです。
私の言う思考の罠とは、「そう考えていると思わさせられている」ということです。
自分で考えてそう思っている、と思いがちですが、本当はそうではなく、特定のイメージを思い浮かべやすいようになっていることに気づかないということです。
それのなにが問題なのか、と思いますよね。
でも、悩みを抱えていたり、自分に自信を持てない人というのは、実はこの思考の罠に気づいていないからではないか、と思うのです。
マイナス思考の人もこの手の仕組みに気づかないので、そのままマイナス思考だと無条件に受け入れているだけではないか、と思うのです。
反射というのは、あなたの脳の作用によって、そう思うようにしむけられた結果ではないのか。
考えて出た結論ではなく、すでに結論が先にありきで、その結論に至る問いがあとから現れているだけだとしたら、という可能性の話になります。
●時代ゆえの落とし穴にはまらない方法
時代なのかもしれませんが、今はスマホやタブレットなどが当たり前です。みんな複数台持っていることも珍しくない時代ですよね。
紙のノートや手帳、シャーペンやボールペンを持ち歩かない人も多いです。
悩みだけでなく考えごとをするときに、多くの人がノートなどに書いて考えません。
なにも書くこともなく脳内で考えて、たいていは悪い方向の思考に陥ってさらに気分を落ち込ませている、そんなふうに思えます。
それは、脳内での思考が悪い方向に結び付きやすい反射だからではありませんか?
本当にあなたが落ち込むようなものなのだろうか、そう考えてほしいなと思います。
なにかを考えるときはノートや手帳に書くようにするだけで、思考の罠から抜け出せます。
頭の中に浮かんだ考えが仮に特定のイメージだとしても、それを解決するためにできることはなにか・なにをするべきか、を考えて書き込んでいくことで、思考のループからは抜け出しやすくなります。
書き出したものを見なおすことで、自分の思考の癖に気づくこともできるかもしれません。反射的に思い浮かべがちな言葉やイメージを知っていれば、そうではない言葉やイメージを思い浮かべるようにすることができるのではないか、と私は考えています。
それはつまり、悪い思考の癖(これを反射と言っています)から抜け出せれば、もっと自由な発想でものごとを眺め、考えることができるのではないか。
本来、クリエイティブということはそういうものではないか、と思うのです。
ものごとや出来事に「反射」するのではなく、一度考えて、正しいと思える「反応」をすることができるようになれば、思考だけでなく、人はもっと自由になれるような気がします。
●誰かが言った「人間とは考える葦である」と
人の思考はビリヤードの玉のように、ぶつかって動いていくようではもったいないと思うんです。なぜなら、人の人たる所以は、考えることができるということだからです。誰かが言ったことを鵜呑みにするのも反射と同じです。それを思考停止と言います。
「人間とは考える葦である」という言葉は、フランスの思想家ブレーズ・パスカルが『パンセ』で述べた有名な表現で、人間の身体的な弱さと精神的な偉大さを対比しています。
パスカルは、自然界で最もか弱い葦(水辺に生える細く弱い植物)に人間をたとえました。
葦は風に簡単にしなるほど脆弱ですが、人間も肉体的に動物に劣る存在です。
しかし、そこに「考える」という能力が加わることで特別な価値が生まれる、という意味です。
今の時代はとても怖い時代です。
それは、あらゆる情報がありふれすぎていて、考える時間や冷静さを失わせているからです。そしてさらに、インターネットとAIの融合によって、「自分に興味のある情報だと思われるものが優先的に提示されている」からです。
人は自分の見たいように物事を理解しようとするバイアスがかかっています。
ギャンブルとかするとよくわかります。そろそろ当たるはず、とかもう少し続ければとか、これが来てくれるみたいな希望にすがりがちなのです。
そしてそういう認知的なバイアスがかかっているだけでなく、SNSなどでは興味のあると思われる情報だけが優先的に表示されてしまうのです。
つまり、今のこの時代というのは、「自分から意欲的に情報を得ようとしなければ、本当に必要な情報は入ってこない可能性がとても高い」ということです。
これは怖いことだと思いませんか?
日々楽しんでいるFacebookやX、Instagramで表示される情報は、あなたの日常的な検索結果や行動によって、AIによってあなたに最適だと思われる情報が精査され表示されているのです。
このことを知ったうえで活用しようとするか、AIの見えない思考による判断で世の中のことを知っていると思うか。
これは当然、大きな違いが出てきます。
さて、ここまで読んでくださったあなたは、反射と反応の違いがわかったと思います。わかっていなくても、反射的に考え、行動しているということはなんとなくわかってくれたのではないか、と控えめに言ってみます(笑)。
反射ではなく、考えた上での反応を心掛けることで、おめでとうございます、あなたの表現は今日から少しだけ拡がりました。
その小さな拡がりをより大きくしていくかどうかは、この文章を読んでわかった気になるだけか、実践して実感し、より考えを深めていけるかどうかで大きな差に変わります。
これが「違いを生み出す違い」というものです。
人なんてそうそう大した能力差はありません。
ちょっとだけ記憶力が良いとか、ちょっとだけ物事の見方が違う、とか能力差ではなく、何を知っていて、何を考えるか、それを行動に落とし込めるか、少しだけの思考の違いが結果に大きな差をつけることにつながります。
つまり、「違いを生み出す違い」に意識が向いているかどうか、それによって得るものが違うだけなんです。
だから、「違いを生み出す違い」というものが理解できるようになれば、あなたの能力はもっともっと、大きなものに変わります。
「違いを生み出す違い」に着目すると、反射ではなく反応できるようになります。
反応するということは、自分で思考し、選ぶということです。
あなたのこれからに期待したいと思っています。
最後までお読みいただきありがとうございました。
