夕日のススキ

今回は体験・経験してみることの重要性について少し触れます。
表現力を高める方法、その最も確実なものが、体験と経験だからです。
私たちは、いろいろなものを「見て」「感じて」それだけで「知っている」気になっていることが多いです。それは本当に知っているといえるのでしょうか。
そうなんです、「知っている気になっているだけ」なんです、実は。

今回は「知る」とはなにかから、「表現を高めること」について語ってみたいと思います。

ススキの写真

●人は見たいものを見ている

人は、「見たいものを見たいように見て」います。

興味のないことは、認識しないように脳が動いています。
脳は多くのデータを処理する上で、負荷を軽減するために、そのように動いています。
これはどういうことかというと、
「わかっているようでわかっていないことがとても多い」
ということです。

「部屋の中に黄色いものがいくつありますか?」

そう言われて初めて、いろいろなところに黄色があると気づくわけです。
意識しなければ、風景の一部として脳は「黄色」という認識を持たせずに処理するわけですね。
これがRASという脳の機能となります。
RASという機能についてわかりやすい説明があったので掲載します。

●RASについて

RAS(網様体賦活系、Reticular Activating System)は、脳幹に位置する神経ネットワークで、脳の情報処理において重要なフィルター役を果たします。
RASは、五感から毎秒膨大な情報(数百万ビット以上)が脳に流入する中、意識に届けるべき重要な情報だけを選別します。

例えば、生存に関わる危険信号や強い関心事(名前を呼ばれた時など)を優先的に大脳皮質へ伝え、無関係な情報をブロックすることで、脳の処理負荷を軽減します。
これにより、私たちが「気づく」現実が形成され、覚醒状態や集中力の維持も調整します。
脳はRASのフィルターにより、全体情報の0.000005%程度しか意識的に処理せず、無意識下で自動的に仕分けを行います。

脳にはこのような情報処理機能があるということを知ってみると、実際に情報として認識している部分がどれほど小さなものなのか、いかに情報を情報として受け取れていないかという現実が突きつけられるわけです。

これが冒頭に書いた、「人は見たいものを見ている」ということになります。

●桜を知っているか

たとえば、桜を思い浮かべてみてください。
あなたの頭の中には、ピンク色とか白い花だとか、なんとなく思い浮かびますよね。
その漠然としたイメージが、「あたなにとっての桜」です。

春にお花見をしたことのある方も多いと思います。
でも、その桜がなんという桜で、どんな花を咲かせているのか。
触ったことはありますか?
においをかいだことはありますか?
桜の花びらの色や形、感触、匂いなどを思い浮かべることができますか?

おそらくほとんどの人が目の前の食事やお酒、友達などとの会話に夢中で、実際の桜がどのようなものなのかについて意識的に知ろうとしていないと思います。
ほとんどの方は、写真をとって綺麗だなって思って終わりではないでしょうか。
これが、RASというフィルターにかけられたイメージの結果です。

脳は膨大な情報を一瞬一瞬で処理しているために、意識的になにかを知ろうとしなければ、簡単な情報だけしか入手できません。
つまり、「見えているものすべてを取り入れているわけではない」ということです。

桜について知ろうとするならば、実際に咲いている場所に行き、落ちている花びらに触れてみるとかを意識的にしないと、具体的な情報としてインプットできません。
だから「体験すること」と「経験すること」というのは大事なことです。
そしてそのときに、「意識的になる」ということが大事なことになります。

知らなくても別にかまわない。
そういう考え方もあります。

実際にはすべての事物に触れることはできませんから。
それでも表現者を志すあなたにとって、その表現をより深めていくためには、体験と経験はとても意義のある、大きなものになります。たかが桜、さりとて桜なのです。

なんとなく「ピンク色の桜の木のイメージ」の人の、「桜」という言葉と、
自分にとっての「具体的なイメージ」のある人の「桜」という言葉には、
大きな差がでてくるのが表現というものです。

また、人は思い入れのあるものを言葉として発するときには、その思い入れのある想いをその言葉に込めてしまうものです。これが、すでに表現そのものであると言えます。

ただ漠然とその場にいるのではなく、意識的にその場でなにをするのか、がとても重要なことになります。

●表現するためには体験・経験が早い

表現というと「どのように言えば良いのか」と考えがちですが、そのものに対する想いや情報をしっかりと思い浮かべるだけでも、その人の表現につながります。
つまり、どのように言えば良いのかは、思い浮かべた後の話になるということですね。

あなたにとってのお父さんやお母さん、兄弟などは、あなたにとっての血縁者です。
例えばあなたと弟の仲が悪ければ、弟の話をするときにはその仲の悪さというのは相手に情報として伝わります。
それは意識して仲が悪いことを強調しなくても、相手に伝わるわけです。

なぜかといえば、弟の話をするときには弟に対する不満や思いが言葉や表情などに出るからです。
つまり、どのように言えば良いのかなんてことは考えていなくても、表現できてしまう。伝わってしまう。ということは、なにかを表現するときには、その表現のもとになるものを身近に感じられるような準備をしたら、あなたにとってのそのモノは、あなた自身の思いのあるモノとして表現につながるということです。

つまり、「体験と経験は表現につながる」ということになります。

だから、意識的にいろいろなものに触れてみる、体験・経験するということを意識的に行うようにしてみてください。
それだけで、あなたの表現は変わります。
情報としてのモノと、体験・経験としてのモノの表現はおのずと変わるものなのです。

●宵越しの金は持たないという言葉の意味

昔の人は面白い言葉を残しています。
「宵越しの金は持たない」という言葉です。
これは芸ごとの世界での言葉ですが、お金遣いが荒いという意味ではないです。
「稼いだお金はふだんやらないことを経験するために使うものであって、その経験をするために稼いだそばから使ってしまうので、その日に使い終わる」という意味です。

だから昔の芸人さんは、稼ぎが入るそばからふだんやれない遊び、昔だからお座敷遊びだとかでしょうか。芸の肥やしとしての体験・経験のためにお金を使うことで、さらに芸の深みを追及していたということです。そしてその体験・経験を仕事に活かしてさらに稼ぐ、そういう好循環のためのお金の使い方を心掛けていたのではないかと思うのです。
そんなことができるのは、あくまでも理想ですが。

●赤ちゃんの行動も学び

脳は意識しなければ簡略化した情報しか認識させないとも言えます。
人は成長すると、視覚情報や知識によって物事を理解したと錯覚しています。
赤ちゃんはなんでも口に運びます。
それは、赤ちゃんなりに「そのものがどういうものなのか」を理解するための行動で、そのときに痛い思いなどをすると、それを「痛いもの」と認識しますし、甘かったり美味しかったりすると、そういう認識のものとして情報を処理します。

赤ちゃんは神経細胞が未発達であるがゆえに、舌という器官で判断しているんです。
だからなんでも口に入れようとする。
そばにいる身からすると油断ならない行動ですが、実は理にかなっている行動とも言えます。

成長すればするほど、見えるものにとらわれてしまい、本質を理解しようとしなくなる。
これは本当の意味で成長していると言えるのでしょうか。

ただ神経細胞が分化・発達して、身体が大きくなるだけ。
それが成長だとすると、本質から遠ざかり、五感を磨くという行動から離れていくことになります。

赤ちゃんは成長のために、本質を理解する行動をしています。
大人になると、本質から離れて、見たもの聞いたことなどの知識で本質から離れていることに気づくこともなく、「見たいように見て」理解した気になっている。

そして、ろくになにも知らないくせに表現について語る……。

だからこそ、本質とはなにかを知るための努力はしていきたいものです。

●声の仕事は日常の延長線上にある

私は、「声の仕事というものは日常の延長線上にあるもの」だと思っています。
だから、「ふだんの生活で得られるものをそのまま活かすことのできる仕事」だと思っていますし、逆に「ふだんしないことはなかなかできないもの」だと思っています。

そうであるならば、日常をどのように過ごすのか。
一日中ゲームをしていたり、アニメを見て過ごすのか。
そういう行動も否定はしたくありません。
それでも、外に出て、人と関わり自然と触れ合うこと、ふだんやらないことを合法的な範囲内で経験するために、時間とお金を使う意識を持って日常生活を送ることができたら、それはあなたにとってとても意義のあることになるのではないかと思うのです。

「知識」は「見識」に、「見識」を「胆識」に。
物事の本質は言葉で語れません。
だからこそ、本質を知るためには五感を通じて感じるしかないのです。
感じるためには体験・経験する。

そのようにして、ひとつひとつのものを初めて自らの血肉とすることができるのだと思います。
桜が咲いたら、外にでましょう。
桜の香りを感じ、落ちている花びらを手にとって、嗅いだり噛んだり、間近で見てみましょう。
あたなの中で、「桜」というものがどういうものなのか、あなたなりの理解が得られると思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。