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ここ10年ほどの風潮なのか、それとも立場や年齢的に気になり始めたことなのかわかりませんが、実はほとんどの方が思考停止状態のように感じています。考えているようで、実は何も考えていないことに気づいていない。そんなわけで今回は、考えるということについて書いてみます。

【現代は情報過多時代】

タイトルの「すべてを疑え」とはまた物騒な話ではありますが、あえて書きます。

「すべてを疑え」と。

冒頭に思考停止状態ということを書きました。これは与えられる情報が多すぎることも原因の一つだと思います。時代ならでは、と言っても良いのかもしれませんね。
でも、おそらくそれだけではないです。むしろ、原因は別にあると思っています。

【教わるところと自ら考えるところ】

あなたは高校を卒業して、専門学校や大学を経て声優・ナレーターという道を志しているのかもしれません。もしかしたら専門学校に通っていたり、まだ中学とか高校生の方もいるかもしれませんね。
ここで一つ、大人たちがなぜか誰も言わない真実を伝えます。それは、

「学校は勉強を教わるところだが、人生については誰も教えてくれない」

ということです。学校は教わるところです。基本的には教科書があり、理論や理屈の通ったものが正しいという前提で学ぶ場、それが学校という場所です。

人生というものは不確実性しかありません。今が未来永劫続くわけがない。常にその瞬間瞬間で未来が変わる可能性を秘めたものが人生というものです。
学校と人生を比べるなんて大げさだと思いますか?

あなたがこの声の世界を目指した先にあるのは、学校ではなくあなたの人生そのものです。
いずれプロとして稼ぐのであれば、それはあなたの人生そのものですよね。

「教えてもらえる」という受け身の状態では、ずる賢い人には利用され、悪い人には騙され、気がついたときには時間やお金、なにより精神面で重荷を背負うことになりかねませんよ、ということです。

なぜならば、人生は教わる場ではないからです。
教わる場である学校は卒業した時点で終わり、その先はあなたの選択次第でどうにでも変わる人生が待っているわけです。

【人生を分けて考えてみる】

生まれてから死ぬまでを人生と言いますが、説明のために人生をいくつかに分けて考えます。

・生まれてから小学校卒業まで
・中学から大学までを含めた学生時代
・社会に出てから死ぬまで(自分の選択が反映される時間)

大きく3つにわけてみました。
「小学校卒業まで」というのは、自我が芽生えたものの親の庇護下にある状態。
どちらかといえば親の意見に従う時代ですね。

「中学から大学までを含めた学生時代」というのは、ほとんどの方が親を含めた誰かの庇護下にあり、本人の意識・意欲にかかわらず教えてもらえる側にいられる時間です。

最後の「社会に出てから死ぬまで(自分の選択が反映される時間)」というのが、本当の意味でのあなた自身が切り開いていく人生の主役の時間です。もちろん早くから将来を見据えてここに足を踏み入れる方はある意味有能です。でもほとんどの方が、ただなんとなくこの時間に足を踏み入れている状態だと思います。

たちが悪いのが、年齢的なものや学校卒業という経験があるゆえに、「そろそろ自分も〜」という感覚だけはある、ということです。
教えてもらえる時間」から「自ら考えて道を切り拓いていく時間」に変わっていることに無自覚なまま、だということがもっとも厄介な理由です。

今まで、教えてもらえる時間が人生の大半で、そうやって生きてきた人が、社会という場所でどのように戦っていけばよいのでしょうか。

社会人の先輩や上司、取引先やクライアントからは「もっと考えろ」とか「自分で考えろ」とか言われたりします。

でも、今まで教わることが当たり前の世界で生きてきたあなたに、いきなり「自分で考えろ」だなんて、冷静に考えたら暴論にも思えます。でも、それが社会という現実です。

わからないことが前提の学生時代から、自ら考え調べ聞き出し再び考えてまとめることが求められる、いわゆる社会人生活のはじまりです。

【自分で考える訓練として重要なのは「疑問を持つ」】

何ごとも早く習得するためには、ある程度の訓練が必要になります。訓練というか練習ですね。
でも、愚直にやり続けることは推奨されますが、時間は有限です。ましてや先達だらけのこの世界で少しでも早く上達するためには愚直にやり続けるだけでは頼りないのも事実です。

ではどうすればよいのか。

一つは、「効率よくできる方法はないのか」と考えることです。

時間が有限なので、こうした疑問を持つことは大事です。
ブルース・リーはジークンドーという武道の創始者ですが、日常でいかに訓練を組み込んで鍛え続けるかを考えていたと言います。
時間が有限である以上、「日常生活にいかに訓練を組み込むか」ということを実践したそうです。

つまり、自分で考える訓練として簡単でありながら初歩的でありつつも、もっとも大事なことは「疑問を持つ」ということになります。

聞いた情報を思考停止で鵜呑みにするだけで終わらせず、否定するのでもなく、ただ「疑問を持つ」ということです。

たとえば、「発声練習が大事」だとはよく言われています。そこであるプロのナレーターは毎朝3時間やっていると聞いて、多くの人は「すごいな」「さすがだな」と関心したり、「そんなにやれないよ」と自分に照らし合わせて聞き流して終わってしまいます。

ここで終わらすのではなく、あえて疑問を抱いてほしいのです。
・なぜそこまで時間をかける必要があるものなのか
・どうやってその時間を確保しているのか
・もっと時間を短縮することはできないのか

このように、疑問を持つことで自分ごとに置き換えられます。
「他人がどうしている」ではなく、「自分がやるならどうするか」「自分が取り入れる必要があるのか」「より効率的にやるにはどうするべきか」という自分にとってどうとらえるかという思考に変わるとアイデアというものは出てくるようになります。

人によっては、優先すべきことがあるかもしれません。
常に疑問を持って考える癖をつけることは、自分の行動につながる大事なことです。

最近の世の中の風潮として、誰かの言葉をそのまま真に受けて反射的な反応をしているように思えます。SNSなんかでは顕著です。
「誰かがこんな悪いことをしている」という情報が出れば、その「情報がまず正しいかどうか」ではなく、一時的な感情で書き込みが行われ、その悪いこととされているものが「本当に悪いことなのか、別の理由があるのかどうか」よりも「悪は悪だから断罪する」という無責任の正義感で叩くことが普通になっているように思えます。

完全な思考停止です。

この完全な思考停止が、上に書いたように「教えてもらう側」の状態です。教えてもらうことが前提となっているので、目にした情報が「正しいもの」という前提であるわけです。
今の時代、情報戦があらゆる場面で行われています。そもそも正しい情報ばかりではない。むしろ「正しそうに見せた情報でいかに世論を動かすか」という時代なんです。

そんな世の中で夢を実現させたいのであれば、受け身からは脱却しなければなりません。
あなたが自分で疑問を抱き、自分の頭で考え、自分なりの答えを見つけていかなければいけません。

その積み重ねが、あなたの人生を作り上げていきます。

だからこそ、常に自分で考えることが必要になります。

【家畜のほうが都合が良い】

過去の歴史を振り返ると、為政者が民に教育というものを施してこなかった国というものは案外多いものです。それは、民が知恵をつけると都合が悪いからだと言います。

なぜ、都合が悪いのか。
それは知恵を身につけると支配という状態に疑問を持ったり、反乱が起きる可能性が出てくるからです。
民は権力者に対して、何も知らず、怒りを知らず、ただただ上納すれば良い。
だから家畜のように、ただ生きて、権力者を肥え太らす養分であるほうが都合が良かったわけです。

家畜のほうが都合が良い。

そういうことになります。
現代はインターネットによって、さまざまな情報を知ることも学ぶこともできます。
これは権力者からすると、おそらく厄介なわけです。

だから情報を統制したがる。

会社だってそうです。ブラック企業という言葉が出るまでは、早朝から夜中まで働くことに疑問を抱くことなく仕事をしていた人がどれほどいたか。
「忙しいから仕方ない」
「そういうものでしょ」
「24時間働けますか」
そういう時代だったといえばそうですが、使う側からしたらとても都合の良い環境だっただろうと思えます。

【あなたの人生は、あなたのもの】

「あなたは時代や世界情勢、天変地異、会社、上司、親、友達、さまざまな環境の変化に翻弄される人生を送りたいと思いますか?」

おそらく、ほとんどの人が「NO!」と言うでしょう。
こういう書き方をすると、「NO!」に決まってると言うのです。

でも多くの人は、時代や世界情勢、天変地異、会社、上司、親、友達などのさまざまな出来事や人に振り回されていると思えます。
SNSや動画で気分を動かされ、思考は特定の方向に誘導されている。

新型コロナウイルス騒動でのパニック状態、治験中だから無料で打てたワクチン、網の目が大きすぎてウィルスを防げないマスクの強制など、おかしなことは枚挙にいとまがありません。
これらは、振り回された結果です。

あなたの人生は、あなたのものです。
あなたのものであるということは、その人生をどのようなものにしても、結局はあなたに反映されるものです。それが結果となります。

あなたの人生があなたのものであるということは、その責任はあなたにあります。
責任があなたにあるということは、決断もあなたができるということです。
決断をするための判断材料を集めることも無視することもあなた次第です。
あなたが思考するかどうか、それもあなたが決められます。

世の中を見てみてください。

あなたが思考停止した場合になにが起きそうでしょうか。
今は世界中で戦争や紛争、虐殺などが起きています。
日本という国では何が起きていますか?
高い税金、二重課税と言われても変わらない仕組み、コメ不足だ食糧危機だというわりに止めない減反政策。ほかにもあります。国民の健康とかいいながら添加物規制が大幅に緩められていたり、移民政策はしないと言いながら緩められる外国人への優遇政策。外国人生活保護者には不妊治療がタダになるとかいう話も嘘か真はあったりします。

こんな世の中で、あなたは思考停止状態を続けていて大丈夫だと思いますか?

だから、【すべてを疑え】なんです。
思考停止状態で幸せな一生だったと笑顔で死ねたらそれはいいです。
でもたぶん、そんな死に際を送れるような世の中だとは思えません。
せめて若いうちには、夢を持って頑張っていきたいのであれば、「すべてを受け入れるのではなく、疑問を抱いて考える」ということを癖づけておいたほうが良いと思います。

あなたの人生ですから、責任を持つのはあなたです。
その人生を輝けるものにするのも、後悔の塊にするのも、すべてはあなた次第です。
あなたの選択次第です。

時代が悪くても成功する人はいるし、稼いでいる人もいる。
どんな環境でも飛び抜けた成果を出す人がいます。
うまく行く側にいきたければ、そうなるように考え行動するだけですし、そうなる気がなければ何も考えず、世の中の風潮や流行、誰かの言葉に踊らされて生きていけば良い。
それだけです。

あなたは、思考停止状態のままで良いと思いますか?